潮汐現象とスーパーローテーションについて

 

(1)  近域満潮と遠域満潮について

 「潮の満ち干」、いわゆる「潮汐現象」・「潮汐作用」は海洋の神秘ともいうべき現象です。

 しかしそれでは「何故」このような「潮の満ち干」が生じるのか?

 様々な説があります。

 しかし私の知る限り、どのような説も私の腑には落ちません。

 

 私はこの小論で、少なくとも私自身には納得できる「説」を提示しようと思います。

 潮には「満ち干」がありますが、ここで私が特に問題としたいのは、「満潮」現象です。

 そしてこの「満潮」現象には二通りがあります。

 すなわち、「月」と反対側に生ずる「満潮」と、「月」の側に生ずる「満潮」とがあります。

 まずはこの二つの「満潮」を「区別」する必要があります。

 

 そこで「月」の「反対側」に、すなわち「月」から「遠い」海域で生じる「満潮」を「遠域満潮」と呼ぶこととします。

 また「月」の側、すなわち「月」に「近い」側の海域で生じる「満潮」を「近域満潮」と呼ぶこととします。

 

(2)潮汐力と近域満潮について

 ここで、「一般」的には、この「遠域満潮」は「遠心力」の作用によるものであり、「近域満潮」は「潮汐力」(地球に働く月の「引力差」)とされています。

 ここでいわゆる「潮汐力」について、述べておく必要があります。

 この「潮汐力」という概念自体は重要な概念なのですが、この「潮汐力」が「潮の満ち干」(潮汐現象)と結びつくと、「誤解」の元となります。

 

 「潮汐力」とは、単に「引力の差」によって生じる「力」なのです。

 具体的には、引力の「強さ」は物体の質量に比例し、物体間の距離の自乗に反比例します。

 したがって、地球にとって、月に近い側には月からより強い引力が働き、月に遠い側にはより弱い引力が働きます。この両者の引力の「差」が、「潮汐力」として作用します。

 

 そして一般にはこの「潮汐力」が、「近域満潮」現象の原因であるとされています。

 しかし果たしてそうでしょうか?

 確かに「潮汐力」は存在します。しかし「それ」が、「近域満潮」の原因でしょうか?

 私は「否」と考えざるを得ません。

 何故ならば、たとえその「潮汐力」が存在するとしても、その力は「あまりに弱く」、とても海水を数メートルも上昇させるだけの力は生じないからです。

 

 しかしそれでは「何故」この「潮汐力」の力が「あまりに弱い」と「断言」できるのでしょうか?

 

 それは「質量の精密測定をしてみればすぐ分かります。

 質量の精密測定でまず「重要」となることは、地球の「重力加速度」です。

 しかしこの「重力加速度」は、その地域の「緯度」や、あるいはその地域の「高度」によって異なります。このうち「緯度」によって重力加速度が異なるのは、地球の「緯度」によって、地球の「自転」による「遠心力」(実際は「遠心疑似力Ⅰ型」)が異なるからです。

 

 ごく単純に言えば、地球の「引力加速度」からこの「遠心力」(遠心疑似力Ⅰ型)の影響を「除去」したものが、いわゆる「重力加速度」ということとなります。

 例えば、東京都区部での重力加速度は9.798m/s、大阪市での重力加速度は9.797m/s、札幌市での重力加速度は9.805m/s、那覇市では 9.791m/s です。(JISB7611-2「表JA.4 使用地域の区分」より)  

 

 このように、「地域」によって、「地球」の「自転」の影響によって「重力加速度」の値は「異なり」ます。しかしその地域においては、その「重力加速度」の値は少なくとも「4桁」までは「一定」なのです。

 このことより、少なくとも「4桁」までは、「月」の「潮汐力」の影響は「無い」ということになります。これでは10㎏の物体に対して1g以下の力しか与えないこととなり、あの海水を数メートルも上昇させる力の源であるとは、到底みなすことができません。

 また、「月」の「潮汐力」によって、結果的に「重力加速度」が絶えず変化するようであれば、とても質量の精密測定などできません。

 しかし、質量の精密測定において「月」の「潮汐力」の作用はほとんど無視できるレベルのものです。したがって、「月」の「潮汐力」が、「近域満潮」の「原因」では「無い」と「断言」することができます。

 

(3)「遠心力」と遠域満潮について

 他方、一般には遠域満潮については「地球の公転」による「遠心力」の作用によるものである、と説明されています。

 ここでまず「地球の公転」について、簡単に説明をしておく必要があります。

 一般に、「月」が「地球」」の回りを「公転」しているといいます。

 しかし「地球」もまた「月」とともに「公転」しているのです。

 したがって正確には、「月」と「地球」の「共通重心」を中心として、「月」が、そしてまた「地球」も「公転」をしています。

 ちなみにこの「共通重心」の位置は、「月」の「質量」と、「地球」の「質量」との「比」によって定まります。その結果、この「共通重心」の「位置」は、地球の「内部」(地球の表面の下側)にあるとされています。

 

 ともあれ、「地球」もまた「公転」をしています。

 このため、「地球」の「自転」により「遠心疑似力Ⅰ型」が作用し、地表上の物体が「やや軽く」なるのと同様に、地球の「公転」によって、「遠域」においては、地表上の物体が「やや軽く」なる可能性があります。

 しかし「公転」によってこの「遠心疑似力Ⅰ型」が生じ得るとしても、それは「遠域満潮」の原因の説明には全くなり得ません。

 何故ならば、この場合においてもこの「遠心疑似力Ⅰ型」の作用が、先の「潮汐力」と同様にあまりにも弱いからです。

 ごく単純に考えても、地球の「公転」の影響は、地球の「自転」の影響の900分の1程度にしかなりません。

 ここで「共通重心」の「位置」が実際には地球の内部にありますが、考察の便宜のために、地球の「表面付近」にあるとします。するとその「公転」の半径は地球の「半径」と同じです。ここで地球の1月は30日です。すなわち地球の「公転速度」は地球の「自転速度」の30分の1です。これに「遠心疑似力Ⅰ型」の公式 g=v÷r を当てはめてみます。

するとr=公転半径=地球の半径 であり 公転速度vは地球の自転速度の30分の1ですので、v=1÷900(すなわち900分の1) となり、したがって地球の公転における遠心疑似力Ⅰ型よるg(地球の自転による「遠心力」(遠心疑似力Ⅰ型)も900分の1となります。

 

 このようにいわゆる「遠心力」もまた、「遠域満潮」現象の説明にはならないものと考えます。

 

(4)「公転」における「引力の回転」について

 以上により、いわゆる「潮汐力」は「近域満潮」現象の説明とはならず、いわゆる「遠心力」もまた「遠域満潮」現象の説明にはならないことが明らかとなりました。

 

 しかし確かなことは、「月」がこの「満潮」現象において本質的な役割を果たしているということです。

 そして次に確かなことは、この「月」により、「地球」もまた「公転」しているということです。したがってこの「地球」の「公転」にこそ、この「満潮」現象解明の何らかの「鍵」があるのではないか、と考えられます。

 

 したがって、この「満潮」現象解明のためには、この「公転」とはそもそも何かということの分析が必要となります。

 

 さて、先ほどの遠心疑似力Ⅱ型の分析において、「引力の回転」の下で、v=grが成立すれば、物体Aは「円運動」(回転運動)を行うことが明らかとなりました。

 この円運動において重要なことは、まずは「引力の回転」です。したがって、地球の「公転」を考察する際にも、まず問題となるのは、そもそも地球を「公転」させるような「引力の回転」が存在するのか、ということです。

 そしてまた、その「引力の回転」が存在するとしても、「どのような」状態で、その「引力の回転」が存在するのか、ということです。

 したがって、次にまず地球の「公転」における「引力の回転」について、考察を行います。

 

(5)地球の「公転」における「引力の回転」について

 【図1 「地球と月との共通重心をめぐる引力の回転」参照 】

 ここで「図1」をご覧ください。

 この図では考察の便宜のために、地球と月との「共通重心」を地球の「外部」に設定していますが、この共通重心が地球の「外部」にあろうが、地球の「内部」にあろうが、本質的な点においては違いはありません。しかし当然多少の「違い」は生じます。しかしこの「違い」については、本質的な部分についての考察を終えた後に、「補正」を加えれば良いだけのことです。

 

 さて図1について、一般的には地球の「公転」を図示する際には、「北極」上空から見ることになっています。すると、地球も月も、この「共通重心」の回りを「反時計回り」に回っています。

 図1で分かりますように、地球と月とは「連動」して「公転」しています。

 したがって、「共通重心」から見ると、地球と月とは互いに「反対方向」に存在し、「同じ回転方向」(反時計回り)に回転しています。

 

 ここで、地球が「球体」であることにより、地球との月との関係においては、「計算上」、地球の「全質量」が地球の中心に存在するものと概念することができます。他方月についても、月の「全質量」が月の中心に存在するものと概念することができます。

 (※ ただし、この「計算」については多重積分の知識を要し非常に複雑なようなので、他の文献をご参照ください。)

 そして、一定の条件の下で、地球の全質量が地球の中心に存在し、月の全質量が月の中心に存在するかのように「計算上」扱うことができるので、以後地球と月との引力関係を一定程度「単純化」することが可能となります。

 すなわち、月の中心から地球の中心へと伸びる「引力線」は、取りあえず「1本」であるものと考えることができます。

 そして、地球と月との「共通重心」は、必ずこの「引力線」上にあることとなります。

 ということは、「月」がどのように回転していくとしても、その月の「引力」は、必ずこの「共通重心」を「通過」することとなります。

 このことを「地球」の側から見ると、あたかもこの「共通重心」から「月」の引力が照射されるように見えます。

 ここで「月」が「公転」運動をしているならば、この「月」から照射される月の引力は、あたかもこの「共通重心」から照射されるかのように見えます。しかしそれだけではありません。

 月の「公転」に伴って月の地球に対する「引力線」が刻々と「回転」することにより、あたかも、「共通重心」から発する月の引力、その月の引力が「回転」するかのように見えます。ここに「共通重心」を「中心」とした「引力の回転」が成立します。

 

 地球をめぐり物体Aが円運動(回転運動・周回運動)をする場合に、その円運動を生ずる「引力の回転」の「中心」は、「地球」の中心でした。

 しかし、地球自体の円運動(公転運動)における「引力の回転」の中心は、地球と月との「共通重心」なのです。

 また、地球をめぐる物体Aが円運動をする場合に、その円運動を生じる「引力」は、「地球」の引力でした。

 しかし、地球自体の円運動(公転運動)における「引力」は、「月」の引力なのです。

 

 以上により、「地球」の公転においても、「引力の回転」が「存在」することが分かりました。

 また、その「引力の回転」の「中心」が「共通重心」であること、そしてこの「地球」の公転を生じさせる「引力」が、「月」の引力であることが分かりました。すなわち、地球の公転における「引力の回転」の「構造」が明確となりました。

 

(6)引力加速度、公転半径、公転速度について

  以上「引力の回転」については明らかとなりました。

 次に問題となるのは、まずは月の引力加速度gです。

 ただしこの月の引力加速度gは、「月」の「表面」におけるgではありません。

 このgは、「共通重心」を通過し、地球に到達した時点におけるgです。したがって、万有引力の公式により、このgは、月表面における月のgに比べて、極めて「弱い」ものとはなっていますが、地球を「公転」させるには十分な引力加速度とはなっています。

 

 次に問題となるのは、地球の「公転半径」rです。

 物体Aが、地球の表面付近上空を回転する際には、この回転半径は地球の半径rでしたが、地球の「公転」における公転半径rは、図1で分かるように、地球と共通重心との間の距離・間隔です。

 

 ここにv=grの公式の中の引力加速度gと公転半径rとが定まりました。したがって、この地球の公転運動を成立させるのに必要な公転速度vも、定まります。

 ここに、「引力の回転」の下で、v=grが成立するならば、地球が「共通重心」の回りを「公転」することが明らかとなりました。

 以上、地球の「公転」の構造が明らかとなりました。

 

(7)流体公転と剛体公転について

  さて、それでは以上の分析を踏まえて、「潮の満ち干」(潮汐現象)の分析・解明へと進みます。

 まずここでは用語の統一のために、「潮の満ち干」については「潮汐現象」あるいは「潮汐作用」という用語を使用します。本来は「潮汐力」という用語を使用したいところですが、この「潮汐力」という用語には、すでに「引力加速度の差によって生じる力」という意味が付着してしまっています。このため、「誤解」から生じる混乱を避けるため、あえて「潮汐力」という用語は用いず、「潮汐現象」あるいは「潮汐作用」という用語を使用することとします。

 

 次に進みます。

 引力の回転が成立し、またv=gr が成立し、したがって天体が「公転」するとき、その「公転」の「状態」はすべて「同じ」と考えがちです。

 しかしたとえ、「同じ」「引力の回転」が存在し、「同じ」「v=gr」が成立したとしても、全ての天体が「同じ」公転運動をするとは限りません。

 「条件」が「同じ」であっても「結果」は必ずしも「同じ」ではないのです。

 何故ならば、「公転させる」条件がたとえ全く「同じ」でも、「公転させられる」側の「状態」は、必ずしも「同じ」では「無い」からです。

具体的には「何が」異なるのでしょうか?

「物体」と「物体」との「結合」の「程度」が「異なり」ます。

 

 通常存在する物体は、「引力」を除いても、互いに何らかの力で「結合」しあっています。

そしてその「結合」の」「程度」によって、「流体」と「固体」とに大別されます。

 「流体」もその「結合」の程度によって、「気体」と「液体」とに分かれ、「固体」においてもその「結合」の程度は異なり、「最強度」の結合の固体は「剛体」とされます。

 ただし「流体」や「固体」といっても、その違いは「絶対的」なものではなく、「相対的」なものです。

 例えば、液体の「水」は「流体」ですが、その「分子」一つ一つのレベルにまで行くと、その「分子」一つ一つは「剛体」と見なせます。他方、たとえ「剛体」であっても、細かく砕いいて「紛体」となってしまえば、全体としては「流体」としての性質を帯びてきます。このことを踏まえながらも、「流体」と「剛体」との区別は、やはり必要です。

 

 以後この「流体」と「剛体」とについて、そのそれぞれの「公転運動」と、その相互公転運動における絡み合い(相互作用)について、分析・解明を進めて行きます。

 

(8)3体運動の分析・公転速度について

 図のように、物体A1、A2、A3がC点を公転の中心として回転しているとします。

 ここでV2=gr です。したがってv=√(gr) です。

 ただし、ここでは考察の簡便化の為に、gは一定とします。

 そしてA1の公転半径をr1、A2の公転半径をr2、A3の公転半径をr3とします。

 またAの公転速度をv(A1)、A2の公転速度をv(A2)、A3の公転速度をv(A3)とします。

 すると v=gr より

  v(A1)=√(g×r1)

  v(A2)=√(g×r2)

  v(A3)=√(g×r3)

 となります。

 ここで、r1>r2>r3 により

  v(A1)>v(A2)>v(A3) となります。

 以上により、公転半径rの「大きい」方の物体が、公転半径の「小さい」物体より「速い」公転速度で公転することが分かります。

 

(9)絶対公転速度と相対公転速度

ここでこのvを「絶対公転速度」と呼ぶこととします。

すると、 絶対公転速度v(A1)>絶対公転速度v(A2)>絶対公転速度v(A3) となります。

 

 このように、「絶対公転速度」で見ると、公転の「外側」の物体の方が、公転の「内側」の物体より「速い」のです。

 「何だ、当たり前だ」と思われるかもしれません。しかし、「見方」を変えてみましょう。

 今度は、それぞれの物体A1、A2、A3が、それぞれの軌道を一周するのに要する時間で、その「速さ」を考えてみましょう。

 そのために、物体A1がその軌道を1周するのに要する時間をt1、物体A2がその軌道を1周するのに要する時間をt2、物体A3がその軌道を1周するのに要する時間をt3、とします。

 すると

  v(A1)×t1=2π×r1

  v(A2)×t2=2π×r2

  v(A3)×t3=2π×r3

 したがって

 A1について   √(g×r1)×t1=2π×r1

 A2について   √(g×r2)×t2=2π×r2

 A3について   √(g×r3)×t3=2π×r3

 

 したがって

  t1=2π×√(r1÷g)

  t2=2π×√(r2÷g)

  t3=2π×√(r3÷g)

 ここで r1>r2>r3

 したがって

  t1>t2>t3

 したがって、外側の物体ほど、その軌道を1周するのに時間を要することが分かります。

 すなわちそれぞれの物体A1、A2、A3について、それぞれの軌道を1周するのに要する時間で比較すると、外側の公転軌道の物体ほどその速度が「遅い」ということになります。

 このことを「相対公転速度」と表現すれば、公転の「外側」の物体ほど、その「相対公転速度」が「遅い」ということになります。

 

 以上をまとめると、公転軌道の「外側」の物体ほどその「絶対公転速度」は「速い」が、その「相対公転速度」は遅い、こととなります。

 その結果、公転の「外側」の物体は、その「絶対公転速度」は「速い」にも関わらず、「絶対公転速度」の「遅い」内側の物体に、「追い抜かれ」ていくこととなります。

 まさに、カメがウサギに勝つ、という状態となります。  

 

 この「絶対公転速度」と「相対公転速度」との関係は、以後「潮汐現象」を解明して行く上での、一つの重要なポイントとなります。

 

 ちなみに、フィギュアスケートの回転運動において、スケート選手は伸ばしていた腕を縮めることによよって、すなわち回転半径を縮めることによって体の相対回転速度を速くし、より高速で回転することができます。

 

(10)3点運動から流体公転運動への発展について

 ここで物体A1、A2,A3間の結合の力は非常に弱いものとします。つまり「流体」の性質を有するものとします。

 するとこの物体A1、A2、A3は、独自に「それぞれ」の公転軌道を公転して行くこととなります。この公転運動において、外側の物体A1は真ん中の物体A2より遅れ、内側の物体A3は真ん中の物体A2に先走り、それぞれが互いに「離れて」行くこととなります。

 

 ここで、物体の数を増やします。

 増やしても、状況は同じです。

 それぞれの物体は、それぞれの公転軌道をそれぞれに公転します。

 ただし、同じ軌道上の物体同士は、互いに「同じ」公転軌道を「同じ」公転速度で公転を続けます。

 

 ここでさらに、物体の数を多く、しかしそれぞれの物体自体の大きさを小さくします。

 すると次第に「土星」の「リング」のような「連環」を形成して行きます。

 

 さらに、このそれぞれの物体の数を多く、しかしそれぞれの物体の大きさを小さくしてい行きます。するともはや物体は「固体」であっても、「紛体」となり、もはや「流体」としての性質を有し始めます。

 

 ここで、この紛体間の粒子を「分子」レベルまで小さくします。

 するとこの物体は総体としてもはや「固体」とは呼べず、「流体」へと転化します。

 ただし、この流体は現実の流体とは「異なり」互いの「結合力」がほとんどないいわば「理想流体」です。

 この「理想流体」は、それぞれがそれぞれの公転軌道を、いわば「層状」に公転して行きます。この「理想流体」の想定が、「現実」の「流体」の公転運動を考察する際の基礎となります。

【 図2 「流体の公転軌道」参照 】

 さてここで、この各分子間に若干の「結合力」を与えます。

 するとその「結合力」の強弱に応じて、この「理想流体」は、「気体」あるいは「液体」としての性質を有し始めます。すなわち、「流体」としての「まとまり」や、「粘性」、「抵抗」、「渦」等を生じ始めます。

 

 以上により、「流体公転」の本質が、それぞれの分子のそれぞれ「独自の」公転運動にあることが分かりました。しかし考察上、考察の便宜のために当面この「流体」は「理想流体」に近いものとして、考察を進めて行くこととします。

 

(11)3点運動から剛体公転運動への発展について

 先ほどと同様に、相異なる公転軌道上に物体B1、B2、B3があるものとします。

 ここで先ほどと異なる点は、この物体B1、B2、B3の相互に、一定の「結合力」が存在する場合です。

 この「結合力」が存在すると、B1とB2、またB2とB3の相互に、その「結合力」が作用し合います。

 その結果、B1とB2との間に、またB2とB3との間に、互いにそれぞれの「公転軌道」を捻じ曲げようとする「相互作用」が働きます。

 そしてその3体が互いに合体し、その3体が互いに「相互作用」する結果、最終的にはその中間の「B2」の公演軌道にB1もB3も、「同期」することとなります。

 かくして今やこのB1、B2、B3の3体は「一体となって」、その「合一」の公転軌道を周回していくこととなります。

 

 この「合一」の公転軌道を公転する点が、「流体公転」運動でのA1、A2、A3における、それぞれ「独自」の公転軌道と根本的に異なる点となります。

 

 この3体が5体になっても状況は同じです。

 さらにここの合体する物体が増え続け、この物体B1、B2、B3・・・Bが互いに強固に結合し、一つの「球体」となった時、この球体はもはやバラバラの物体の集合ではなく、一つの「結合」した「剛体」球体として、「剛体公転」していくこととなります。

 

(12)「剛体公転」と「剛体自転」との関係について

 このように、今やこの物体は「一つ」の「剛体球体」・「剛体天体」へと転化し、「一つの」軌道上を公転しています。

 しかしこのことはある意味で「矛盾」です。

 何故ならば、この「剛体」はいまや「球体」となりましたが、この「球体」にも「幅」や「長さ」があります。すなわち、この剛体の「全体」は「一つ」の「公転軌道」を周回していますが、この「剛体」の各「部分」においては「共通重心」までの「距離」、すなわち「半径r」が「異なって」います。

 ここでv=gr です。

 この公式をそのまま当てはめるならば、この「剛体」の各「部分」における「公転速度」vは、それぞれ「異なって」います。

 この結果、「共通重心」から見て「外側」(すなわち半径rが大きい側)の絶対公転速度は大きく相対公転速度は小さいはずです。逆に「共通重心」から見て「内側」(すなわち半径rが小さい側)の絶対公転速度は小さく相対公転速度は大きいはずです。

 この結果この剛体球体は、その公転軌道が「反時計回り」であるならば、その「逆」の「時計回り」に回転していくはずです。すなわち、「公転」により「自転」が生じるはずです。

 ここで一つの重要な疑問が生じます。

 すなわち「剛体球体」(一般に剛体天体)の「剛体公転」は、必然的にその剛体天体に「自転」を生じるのか?という疑問です。

 

 これはなかなかの難問です。

 仮に「剛体公転」が「剛体自転」をもたらすとすればどうなるでしょうか?

 その「剛体天体」が「剛体公転」をするたびに、その「剛体天体」の「剛体自転」は「加速」していきます。そしてついにはその回転力がその剛体の結合力を上回り、その剛体天体は宇宙に飛散していくでしょう。しかしそのような現象は観察されていません。

 一般に、少なくとも「剛体天体」に限れば、「剛体公転」は「自転」には影響しない、と結論付けざるを得ません。

  したがって、ここで「無自転」の「剛体天体」を仮定したならば、その「剛体天体」がいかに多く「公転」しようとも、ごの「剛体天体」の「自転」はゼロ回転、すなわち「無自転」のままであることとなります。

 

 ただし一つ「例外」があります。

 それは他ならぬ「月」です。

 「月」の「自転」は、「月」自身の「公転」の影響を受けています。

 それは「月」自体の特殊な事情によるものです。

 すなわち月は、その「表」と「裏」とではその物質「密度」が大きく異なります。

 そのため、相対的に重い側の方がより「低い」公転軌道を、すなわちより「短い」公転軌道を、すなわちより「遅い」「絶対公転速度」の軌道を、公転しようとします。

 そして相対的に重い側が「低い」公転軌道を公転すれば、結果的に、相対的に重い側が「共通重心」の方を向くことになります。そしてこの「共通重心」のさらにその先には必ず「地球」が存在します。したがって、相対的に重い側は、常に「地球」の方向を向こうとします。

 この結果、永い年月の間に「月」の「自転」運動は月自らの「公転」運動に「同期」して行くこととなりました。こうして「月」の「表」側が常に「地球」の側を向くこととなり、現在に至っています。

 このように「月」」自体の特殊な事情により、「月」の「公転」は、「月」の「自転」に影響を与え、「月」の「自転」は「ゼロ回転」はなく、月の公転1回に対して1回の月の自転、となりました。

 以上、一般論としては、「剛体公転は剛体自転に影響しない」ものとして考察を進めても差し支えは無いでしょう。

 

 「剛体公転は剛体自転には影響しない」、こう結論したところで新たな問題が生じました。 

 「剛体公転は剛体自転には影響しない」と考えると、これはv=gr の公式に一見「矛盾」するのです。V=gr が成立するならば、剛体天体の遠域部分は近域部分に比べて「相対公転速度」が「遅い」はずです。そうすると遠域部分が「遅く」近域部分が「速い」のですから、この剛体天体は「公転」方向と「反対方向」に「回転」するはずです。すなわち剛体天体の「剛体公転」によって、「自転」するはずです。しかしながら、「結論」では、「剛体公転は剛体自転には影響しない」、また月のような「例外」の場合であっても「公転方向」に、公転1回に付き自転1回で自転するのであって、「反対方向」に自転するのではありません。

 

 あちらを立てればこちらが立たず。堂々巡りです。剛体天体どころか、自分の頭の中が「公転」しそうです。

 ということで、「自然」はこの「矛盾」をどのように「解決」しているのか、このことが次の分析・検討の課題となります。

 

(13)剛体公転自体における「矛盾」の解決について

 結論は、単純です。

 剛体天体における「各部分」は、その「各部分における公転」の「中心点」を「移動」することによって、「解決」しています。

 

 すなわち、その剛体天体「全体」の中心をC点とし、その剛体の任意の「一部」をB点とし、C点とB点との「距離」をdとすると、剛体の任意の各部分B点はどのB点における公転(部分公転)の「中心点」を「dだけ移動」させ、その移動した「独自の中心点」を中心として、B点「独自の公転」を行うことによって、「解決」します。

 「自然」はこのことによって、「剛体天体」における「全体」と「部分」との「矛盾」を「解決」します。これにより、この「剛体天体」の「全て」の各部分において、その「中心」におけるのと同じく「v=gr」が成立することとなります。

 つまり、剛体天体のすべての各部分が、剛体天体の中心点の公転運動に「同期」して、同じ「公転速度」、同じ「公転半径」で、それぞれが「公転」(部分公転)します。したがって、その剛体天体の「全て」の部分において、「v=gr」が成立します。

ただしその際、その部分公転の「中心点」の「位置」のみが、それぞれの「d」に応じて「異なり」、「自然」はこの中心点の「位置」のみを変化させることによって、「全体」と「部分」との「矛盾」を「解決」しています。

【 図3 「剛体天体の公転運動」参照 】

 これは、「群舞」の動きと似ています。

 プリマドンナが舞台上で、半径r、速度vで一回り(公転)します。

 その周りのバレリーナも、それぞれプリマドンナから少し離れた位置(距離d)を保ちつつ、同じく半径r、速度vで一回り(部分公転)します。

 この時、プリマドンナの回転(公転)と、各バレリーナの回転(部分公転)とは「同期」しています。

 これにより、各バレリーナの回転(部分公転)そのものは、それぞれ「独立」した回転運動となりますが、「群舞全体」としては、一つのまとまった回転運動(公転)となります。

 

 ここでプリマドンナを中心に、各バレリーナが東西南北に居るものとします。

 そして、このプリマドンナが「反時計回り」に回転(公転)し、このプリマドンナの回転に各バレリーナが「同期」して回転(部分公転)するものとします。

 するとここで注目すべきことは、プリマドンナから見て「北」に居るバレリーナは、最初から最後まで「北」に位置しています。

 「西」に居るバレリーナも同様で、最初から死後まで「西」に位置しています。

 「南」も「東」も同様です。

 

 すなわちこの「同期」回転(同期公転)によって、プリマドンナと各バレリーナとの「位置関係」には全く変化がないのです。

 

 この「群舞」を剛体天体の「公転運動」に当てはめて見てみましょう。

 するとすぐ分かることは、この「群舞」の回転(公転)によって、この「群舞」自体は「自転」していないのです。すなわち例えば「北に」に居たバレリーナは、「プリマドンナに対して」、右にも左にも「回転」していないのです。すなわちプリマドンナから見れば、この「北」側にいたバレリーナは「自転」していないのです。

 

 この「北」側に居るバレリーナが「自転」する。とはどのような状況でしょうか?

 それはプリマドンナの北側に居るバレリーナが、プリマドンナの東側に移動し、さらに南側に異動し、そして再び北側に戻ってきて、プリマドンナの回りを一周する、という状況です。この時このバレリーナは、プリマドンナの回りを「自転」した、ということができます。

 しかし前述のように、このバレリーナはプリマドンナの回りを一周せず、元の「北」側の位置にとどまりました。すなわち群舞総体としては「公転」しても「自転」はしていないのです。

 

 以上により、剛体天体が「共通重心」の回りを「公転」した場合に、その剛体天体の「公転」はその剛体天体の「自転」には「影響しない」ことが確認されました。

 以上、剛体天体の「公転」」と「自転」とは、一般的には「無関係」であることとなりました。このため、以下の考察において「公転」運動を分析・考察するにあたっては、まず「無自転」の状態で考察を進めることとします。

 

(14)流体の公転軌道の変形について

 以上、剛体天体の公転運動が明確となりました。

 次に流体の公転運動の「変形」について、分析・考察を進めます。

 

 宇宙の超真空・超低温の状態において、物質は一般的には、固体もしくは気体の状態で存在します。しかしこの気体が十分濃密でかつ一定の温度が保たれれば、この気体中に液体が存在する場合も想定されます。

 しかしいずれにせよ、この流体が剛体天体の「引力」に引き寄せられ、その引力が「気圧」を生じ、かつ何らかの熱源があれば「液体」が生じることとなります。

 

 さてそれではこの宇宙に漂い、「独自」の公転軌道を有していた「流体」が、地球等「剛体天体」の「引力」に引き寄せられ、「落下」し「吸いつけられ」、その剛体天体の「表面」に付着した場合の、「公転」運動(自転ではなく)について、分析を進めます。

 

 この剛体天体の「表面」に流体天体が付着し、その剛体天体の「一部」となることによって、この流体の公転運動は大きく「変形」し、この剛体天体の「表面上」を「公転」(自転ではなく)していくこととなります。なお、今分析しているのはあくまで「公転」運動であって、「自転」運動ではありません。何故ならばこの考察の「前提」として、すでにこの「剛体天体」の「無自転」を想定しているからです。この「剛体天体」自体は自転していません。しかし流体の公転軌道が、この剛体天体の「表面」上に「変形」された結果、流体の「公転」運動が、あたかも「自転」運動であるかのように「現象」します。しかしどのように「自転運動」であるかのように見えようとも、今考察しているのは流体の「公転運動」であり、「変形」された「公転運動」なのです。このように、以下の分析においては、「公転」と「自転」との「区別」が非常に重要となってきます。これが考察の「前提」として、剛体天体の「無自転」を想定した所以です。

 

 この流体天体の剛体天体への「付着」によって、単に流体天体の公転軌道が「変形」されただけではありません。この剛体天体への「付着」・「接触」等によって、この流体の公転運動そのものが、剛体天体の「公転運動」の影響を直接的に受けることとなります。

 この結果、この流体天体の公転運動は、この剛体天体の公転運動に「同期」する傾向を生じます。この結果、この流体の公転運動は剛体公転の公転運動に「従属」するものとなります。

 しかし他方、流体は流体であり「剛体」ではありません。流体には剛体と異なる、独自の公転法則があります。

 したがって、流体のこの「変形」された「公転運動」において、流体は、一方では剛体公転に「従属」した公転運動を、他方では「独自」の公転運動を行おうとします。

 この結果、この「変形」された流体公転運動においては、剛体公転運動と流体公転運動との「矛盾・対立」が常時内在し、この矛盾・対立が周期的にあるいは連続的に、勃発・現出するところとなります。

【 図4 「剛体天体による流体公転軌道の変形」参照 】

 

(15)流体公転軌道の「変形」による流体公転への影響について

 ここでまず前提として、この剛体天体の「共通重心」の「位置」が、この剛体天体の「外側」にあるのとします。実際の「地球」と「月」との関係だけで言えば、地球と月のと「共通重心」の位置は地球の「内部」にあり、その位置は地球の中心か地球の半径の約4分の3とされています。しかしここでは「一般化」するために、剛体天体の「共通重心」の「位置」を、その剛体天体の「外側」にあるものとして考察を進めて行くこととします。そしてその考察を終えたのちに、補正する点があるとすればその「補正」として、「共通重心」がその剛体天体の「内部」にある場合について考察することとします。

 

 また、剛体天体及びこれに付着した流体の各部分の「位置」について、「共通重心」より「遠い」部分を「遠域」、「近い」部分を「近域」、その中間部分を「中域」と呼ぶこととします。なお、「同一」の時刻において、「遠域」と「近域」とは書く1か所ですが、「中域」は、同時に2か所存在します。

 そして、剛体天体の剛体公転運動への流体の「従属」により、「中域」において、剛体公転運動と流体運動とが「同期」しているものとします。するとその「中域」におおいては、剛体公転運動と流体運動の「速度」と「方向」とが「一致」していることとなります。すなわち、この時点では、剛体公転運動と流体公転運動との「矛盾と対立」とが潜在的です。

 

 しかしこの剛体公転がさらに少し進み、この剛体上の流体が「遠域」にさしかかる時、この剛体公転運動と流体公転運動との「矛盾・対立」顕在化し、現象として現出します。

 すなわち流体が中域公転軌道から遠域公転軌道へと押上げられる結果、「流体」の「相対公転速度」が低下していき、剛体公転による「剛体表面」の運動から「流体」の運動が「遅れ」て行きます。そしてこの「遅れ」は、剛体天体の「最遠域」においてピークとなり、さらに進むとその」「遅れ」は次第に解消して行きます。

 

 そしてさらに進み今度は「中域」から「近域」へと差し掛かると、流体が中域公転軌道から近域公転軌道へと押し下げられる結果、今度は剛体天体の表面において、それに付着した流体の相対公転速度が増加して行きます。これにより剛体表面上の流体は剛体交代表面に比べて「先走り」していきます。この場合、注意を要するのがこの流体の運動方向も中域では剛体天体の剛体公転運動に同期して来たのですから、「反時計回り」ということになります。

 そしてこの「先走り」は、剛体天体の「最近域」においてピークとなります。

 

 このように剛体天体における剛体自体の「表面」の運動は「一定」にも関わらず、その「表面上」の「流体」の変形公転「速度」は「変化」します。すなわち、「同期」→「遅れ」→「同期」→「先走り」→「同期」と、周期的に循環して行きます。

 かくして流体の「変形公転運動」においては、その公転軌道だけではなく、その公転「速度」の「形態」をも変えます。すなわちv=gr が成立する「一定速度」での「公転」運動から、その「速度」そのものが変速的に変動する「変速環運動」へと、その「形態」を変化させます。

 

(16)流体変形公転運動の液体公転運動と気体公転運動への分裂について

 このように剛体天体の遠域において、流体の「遅れ」が生じますが、その「遅れ」の「現象形態」は、「液体」と「気体」とでは互いに異なっていきます。何故ならば「液体」と「気体」とでは、その性状に「違い」があるからです。

 具体的には、気体に比べて液体はその「密度」が高いです。したがって「液体」は「気体」に比べて相対的に「重い」です。したがって「液体」は「気体」に比べて相対的に「動かされにくい」です。また「気体」に比べて「液体」は「粘性」が高く、また「摩擦抵抗」も大きいです。そして最後に、「気体」は「圧縮」されやすいですが、「液体」は「圧縮」されにくいです。

これにより、同じ「変速運動」によっても、「液体」と「気体」とでは、互いに全く異なる現象形態を得るに至ります。

 

(17)遠域満潮現象について

 「中域」で「同期」していた「液体」が、公転軌道の「高い」遠域に差し掛かるにつれて、その「流体」は「逆流」しようとします。

 しかし「液体」は相対的に「重い」ため、すぐには「逆流」ができません。

 加えて、その「逆流」先にはすでに既存の「液体」が存在しています。

 したがって、その逆流は既存の液体の上に「乗り上げ」ます。

 そして「液体」は「圧縮」されにくい性状を有しています。したがってその逆流は、その下の液体を「圧縮」できません。その結果その逆流は、既存の液体の上に「積み重なり」ます。

 その結果、液面が「上昇」していきます。

 すなわち地球で言えば、海面が「上昇」していきます。

 「海面上昇」は「最遠域」でピークとなります。

 ここに「最遠域」で「遠域満潮」現象が現出します。

 これは「液体」運動の「遅れ」という、いわば「受動的」な作用による「満潮現象」です。

 

 しかし他方、さらにダイナミックな「能動的」遠域満潮作用が存在します。

 すなわち「剛体天体」自体による、液体の公転軌道の「押上げ」作用です。

 「中域」にあった「液体」がその「公転軌道」が「高い」遠域へと移動するのは、その液体自体の力によるものではありません。流体はむしろ「逆流」しようとするのです。

 しかし剛体天体はその「逆流」をはねのけて、その流体を「より高い位置」に「押上げ」るのです。

 これを例えれば、流れ落ちようとする川をダムがせき止めるようなものです。

 しかもそのダムはその「高さ」を次第に高くしながら、「川上」へと遡上していくのです。

 このダムを乗り越える水もあるでしょう。しかしその川の水の多くの部分がせき止められ、渋滞し、滞留し、積み上げられ、かくして水位が上昇して行きます。

 この「剛体天体」自体による中域公転軌道から遠域公転軌道への「液体」軌道の「押上げ」作用、そしてこれはまた液体公転軌道の「変形」作用でもありますが、この作用は最遠域に達するまで続きます。これにより地球では、海水の潮位が上昇していき、最遠域でピークとなります。すなわち「遠域満潮」現象が現出します。これはいわば剛体天体による「能動的」遠域満潮作用であり、その結果としての遠域満潮現象です。

 以上、液体による「受動的遠域満潮作用」と、剛体天体自体による「能動的得遠域満潮作用」との、この二つの遠域満潮作用の相乗的効果によって、「遠域満潮」現象が生じるところとなります。

 

(18)近域満潮現象について

 先に、液体の中域から遠域にかけての公転運動の「変形」について分析・解析してきましたが、次には中域(もう一方の中域)から近域への流体の公転運動の「変形」について、分析・考察を行いたいと思います。

 

 さて「中域」で剛体天体の公転運動に「同期」していた「液体」が、公転軌道の「低い」「近域」に差し掛かるにつれて、その液体の剛体天体に対する「相対公転速度」が増大するため、その液体はその剛体天体の公転速度に比べて早くなります。その結果その液体は、剛体天体の公転運動に対して「先走り」することとなります。

 

 しかし「液体」は「気体」に比べては相対的に「重い」ため、すぐにはその「先走り」ができません。加えて、その「先走り」先にはすでに既存の液体が存在しています。

 したがって、その「先走り」した液体は、既存の液体の上に「乗り上げ」ます。

 そしてまた液体は「圧縮」されにくい性状を有します。

 したがって、先走りしたその液体は、その下の液体を圧縮できません。その結果、その先走りした液体は、既存の液体の上に「積み重なり」ます。

 その結果、液面が「上昇」していきます。

 この「液面上昇」は、「最近域」でピークとなります。

 ここに「最近域」で「近域満潮」現象が現出します。

 

 これは、剛体天体の公転運動に対する「液体」公転運動の「先走り」という、いわば「受動的」な作用によるものです。

 しかし他方さらにダイナミックな「能動的」近域満潮作用が存在します。

 すなわち「剛体天体」自体による流体の公転軌道の「押し下げ」作用です。

 「中域」にあった「液体」がその「公転軌道」を「低い」近域へと移動するのは、その液体自体の力によるものではありません。

 液体は、中域公転軌道から近域公転軌道へと、その公転軌道を「変形」させられるのです。

 そしてこの「変形」によって半径rが小さくなり、その結果、剛体天体の公転運動に対する相対公転速度が「速く」なり、その結果剛体公転の表面の公転運動に対して「先走る」こととなったのです。

 しかしこの速くなった流体運動に対して、この剛体天体自体はこの流体の運動を「ブロック」する方向に、運動していくのです。

 

 これを例えれば、流れゆく川の先にダムがあり、川が流れていくにつれてそのダムの高さが次第に「高く」なっていくようなものです。

 このダムをに乗り越える水もあるでしょう。

 しかし、その川の水の多くの部分が、堰き止められ、渋滞し、滞留し、積み上げられ、かくして水位が上昇して行きます。

 この「剛体天体」自体による「液体」公転軌道の、中域公転軌道から近域公転軌道への「押し下げ」作用は、すなわちこれはまた剛体天体による液体公転軌道の「変形」作用でもあります。

 そしてこの剛体天体による液体公転軌道の「変形」作用は、「最近域」に達するまで続き、その作用は「最近域」でピークとなり、「近域満潮」現象が現出します。

 これはいわば剛体天体による「能動的」な近域満潮作用であり、その結果としての「近域満潮」現象です。

 

 以上、液体による「受動的」な「近域満潮」作用と、剛体天体自体による「能動的」な「近域満潮」作用との相乗作用によって、「近域満潮」現象が現出するところとなります。

 

(19)遠域満潮現象と近域満潮現象の総括

 以上を総括すると、遠域満潮現象と近域満潮現象とは、一見「違う」現象に見えて、実は「同じ」現象の「二つの側面」であることが分かります。

 すなわち遠域満潮現象であれ、近域満潮現象であれ、その満潮現象が生じる「根本」は、「剛体天体による流体公転軌道の変形」にあります。

 この「変形」こそが、遠近両様の「満潮現象」の根本・本質を成しています。

 

 このことを少し補足すると、剛体天体によって、流体本来の公転軌道が「変形」させられます。その変形によって、その変形させられた公転軌道の内部において、剛体天体の公転運動と「本来の」液体の公転運動との「矛盾・対立」が生じます。

 しかしこの「矛盾・対立」も、その剛体・液体のその部分がともに「中域」に存在し、液体が剛体天体に「同期」している間は、「潜在的」なものであり、その「矛盾・対立」が事象の「表面」には現出しません。

 

 しかし、剛体天体のその部分が、中域から遠域あるいは中域から近域へと運動する過程において、その「対立・矛盾」は事象の表面に現れ始め、液体は剛体公転とは「異なる」「独自」の存在であることを示し始めます。かくして潮位が上昇していき、その「最遠域」・「最近域」において、そのピークを迎えます。ここに遠域また近域における「満潮」現象が、「同時に現出します。

 

(20)流体公転運動の分裂、気体の変形公転軌道について

 以上、「流体」の中の「液体」について、その公転軌道の「変形」と満潮との関係について、分析・解明を行ってきました。

 「液体」が剛体天体の公転運動によって、その公転軌道を「変形」させられるのと同じく、「同じ」原因によって、「気体」もその公転軌道を「変形」させられます。

 しかし、その「変形」と「結果」は、「液体」とは全く異なります。

 「原因」が根本的に「同じ」であったとしても、その「作用」を受ける側の「性状」が全くこと異なるからです。

 液体に比べて、気体は軽い。液体に比べて気体は粘性が低い。液体に比べて気体は摩擦抵抗が小さい。そして液体に比べて気体は、はるかに圧縮・膨張させられやすい。

 気体と液体とは、ともに同じ「流体」ではありますが、以上の点では大きく異なります。

 

 また気体も流体ですから、液体と同様な面も有します。

 したがって、液体と同様に、遠域での相対速度の低下や近域での相対速度の増大などは、気体においても同様に生じます。

 しかしまた、気体は液体と異なる性状を有します。

 液体は「圧縮」されにくい性状を有します。したがって、流体公転軌道の「変形」にようって、液体は液体の上に「積み上がり」ます。しかし気体は「圧縮」されやすい性状を有します。したがって、気体は流体公転軌道の「変形」によって、「圧縮」されます。

 その結果、液体が最遠域・最近域で「積み上がり」満潮となるところ、気体は遠域・近域で「圧縮」され、最遠域・最近域においてその圧縮のピークを迎えます。

 そしてその最遠域・最近域を過ぎれば、その圧縮された気体は、今後は「膨張」とします。これにより気体の「膨張」運動が、いわゆる「風」を生じます。

 気体は液体に比べて「軽い」ため、容易に「運動」を生じます。

 気体は液体に比べて「粘性」が低く、かつまた「摩擦抵抗」が小さいため、この「運動」は「持続」します。

 かくして、「液体」において「満潮」として現象した「流体公転運動内部における矛盾・対立」が、「気体」においては「風」として現象します。

 

 この「風」は、それぞれの「圧力」の小さい方向に運動します。つまり「遠域」においては、「中域」から「遠域」へと「圧縮」されていくのですから、「遠域」から「中域」に向けて「風」が吹きます。逆に「近域」においては、「中域」から「近域」へと「圧縮」されていくのですから、「近域」から「中域」に向けて「風」が吹きます。

 すなわち、遠域においては剛体天体の公転運動の方向(一般的には反時計回り)、近域においては剛体天体の公転運動の反対の方向(一般的には時計回り)に、「風」が吹きます。

 その結果、遠域と近域とでは、それぞれ「逆方向」に「風」が吹きます。

 

 しかし「遠域」における「風」の方が、「近域」における「風」よりも、その「絶対速度」が大きいです。また遠域から生じる「風」は、「高い」公転軌道から「低い」公転軌道へと運動するため「加速」します。逆に「近域」において生じた「風」は、「低い」公転軌道から「高い」公転軌道へと運動するため「減速」します。

 さらに「遠域」において生じた「風」は、遠域から中域、中域から遠域へと回転半径を減少させるため、より高速となります。

 その結果、遠域に生じる「風」が「近域」における「風」の力に勝り、気体は「全体」としては、剛体天体の公転運動と「同じ」方向(一般的には反時計回り)に運動して行きます。

 

 ここに生じた「風」は最初はわずかな「そよぎ」です。

 しかし、気体は粘性・摩擦抵抗が小さいため、その運動は「持続」します。

 そしてその「風」は、剛体天体の公転ごとに「累積」します。 

 その結果、その「風」は剛体天体の公転ごとに、「加速」し、次第にも猛烈なスピードに発展して行きます。そしてその「加速」が、ついにその気体の回転速度の限界に到達し、剛体天体を取り巻き循環する、いわゆる「スーパーローテンション」となって、その剛体天体の天空を駆け巡りその地上へと吹き荒れます。ここにおいて、「気体」の「変形」公転運動において内在している「矛盾・対立」が、目に見える「嵐」となって顕在化し、現象として現出します。

 

ここに「宇宙の謎」の一つとされた「スーパーローテーション」の本質が分析・解明されました。「スーパーローテーション」の本質とは、「「剛体天体による気合公転軌道の変形」にあります。その意味において「スーパーローテーション」とは「公転風」なのです。

 そしてこの「気体」に一定の「厚み」があればその「公転風」は猛烈な「循環する嵐」・「スーパーローテーション」へと発展します。

 

 一般に、「公転」の回転方向と「自転」の回転方向とは「同じ」(反時計回り)です。

 したがって、「公転」方向への運動が「自転」方向への運動に「見え」ます。

 その結果、スーパーローテーション(「地球」ではそのミニ版である「ジェット気流」)が、「自転」方向に運動しているかのように「見え」ます。

 むろん現実の運動においては「自転」もまた影響します。しかしその「本質」において、「自転」による「自転風」ではなく、「公転」による「公転風」なのです。

 

 最後に満潮現象とスーパーローテーションの周期性・連続性について比較をしますと、 「満潮」現象は、その満潮現象が生じているその各「地域」にとっては、「周期的」な現象です。しかし剛体天体「全体」にとっては、「満潮」現象は、絶えず「連続的」にまた「同時」に二か所で生じています。 他方、スーパーローテンションは、各「地域」においても連続的であり、その剛体天体「全体」にとっても「連続的」です。

 

 以上を持ちまして、天体「一般」における考察を終了し、次には具体的に「地球」についての分析・考察へと移ります。

 

(21)地球における「共通重心」の位置の影響について

【 図5 「共通重心が剛体天体の内部にある場合」参照 】

 地球と月との「共通重心」の「位置」は、地球と月との「質量」と地球と月との「距離」によって定まります。その結果、現在における地球と月との「共通重心」の「位置」は、地球の「内部」にあり、その「位置」は、地球の中心から月へ向かって、地球の半径の4分の3ほどであるとされています。

 ここでこの「共通重心」が地球の「外部」にある場合と、その「内部」にある場合とを比較すると、極点な例外を除いて、本質的な部分ではそう大きな差異は無いかと思われます。

 ただし、「近接」地域においては、「共通重心」が「内部」にある場合の方が、「外部」にある場合に比べて「流体公転軌道」の「変形」の度合いが大きくなります。

 しかし他方、「共通重心」が外部にある場合に比べて、内部にある方が、遠域と近域との「領域」の「広さ」の「差」が大きいです。

 

 その結果、地球における「遠域」においてはより「広い」区域でより緩やかな「満潮」作用が生じ、地球における「近域」においてはより「狭い」杭域でより急激な「満潮」作用が生じるものと考えられます。

 その結果、全体として地球においては、「遠域」も「近域」も「同程度」の満潮現象が生じるものと考えられます。

 

(22) 満潮現象が地球の「自転」に与える影響について

 前述のように、「満潮」現象自体は、地球の「公転」によって生じるものです。

 地球自体にとっては、この「満潮」現象は、「常時」地球上の「二か所」で「同時」に生じています。しかしその各「区域」においては、もし地球の「自転」が無ければ、「一月」に2回生じるものです。

 

 ここで地球は「公転」もしていますが、「自転」もしています。

 「地球」において、「一日」に2回満潮現象が生じるのは、この「自転」によるものです。このように、「地球」における「満潮」現象については、「公転」による影響と「自転」よる影響とを「分けて」考える必要があります。

 

(23)地球における満潮現象の「自転」への影響について

 前述のように、液体は満潮現象を生じます。地球において、液体である海水もまた同じです。液体である海水は粘性・摩擦抵抗を有します。この結果、剛体天体である地球剛体がその海水の公転軌道を「変形」させよとするたびに、剛体地球と海水との間には「抵抗」が生じ、その抵抗は剛体地球の運動への「反作用」となります。その結果海水は、剛体地球の回転方向に対して「逆方向」に極微弱ながら力を生じます。

 ここで地球は、「公転」方向(反時計回り)に「自転」しています。

 したがって、地球の「公転」方向(反時計回り)に逆に作用する微弱な力は、結果、地球の「自転」の方向(反時計回り)に対しても、逆方向に作用します。

 その結果、この液体の抵抗は地球の「自転」を、極わずかずつ遅らせて行きます。

 この海水が地球の「自転」速度を減少させる力は、極わずかです。しかしこのごくわずかな力が何億年も続く中で、地球の「自転」速度は次第に「減少」して行きます。

 この結果、地球の「自転速度」は、過去に比べて減少し、今また減少を続けています。

 

(24)満潮現象が、地球の公転に与える影響について

 地球の満潮時において、「遠域」では、海水の「絶対速度」が最高速度に達しています。

 ここでもし地球の「引力」が無ければその海水は、その最大速度で宇宙へと飛び去ってしまいます。これを飛び出らないように押しとどめているのが地球の「引力」です。

 地球の「引力」がこの「海水」を「引っ張って」います。

 しかしこれを「逆」に見れば、この「海水」も「逆引力」で「地球」を「引っ張って」いるのです。

 この結果、剛体地球は、極わずかですがこの地球公転運動の「外側」へ動かされようとします。

 これと同様なことが「近域」でも生じます。

 この結果、剛体地球は、極わずかですがこの地球公転運動の「内側」へと動かされようとします。

 

 しかし「近域」における「絶対速度」は「遠域」におけるよりも「小さい」です。

 また「遠域」の方が、「近域」よりもその杭域が「広い」く、したがってそこで運動する海水の「量」も「多い」です。

 この結果、地球「全体」としては、地球は地球公転運動の「外側」へと移動させられようとします。

 この力は非常に微弱です。

 しかし何億年もの歳月の中で、地球は次第にその「公転運動」の「外側」へと移動させられて行きます。すなわち地球と月との共通重心を中心とする公転半径が次第に大きくなってきます。

 

 すなわち、地球はその「共通重心」から次第に「離心」して行きます。

 ここで地球と月との「質量」の比は80対1です。

 したがって、もし地球が1m「離心」したならば月は80m離心します。

 結局、地球と月との「距離」は1m+80m=81m 離れます。

 この結果、地球と月とは、互いに離れ合って行きます。

 かつて、月は今よりずっと地球近くにありました。

 しかし今や月は現在の位置となり、今も少しずつ遠ざかりつつあります。

 

(25)満潮現象とスーパーローテンションについてのまとめ

 以上、満潮現象及びスーパーローテーションについて、分析を進める中で、その根本原因が、「剛体天体による流体の公転軌道の変形」にあることが解明されました。

 これまで私の知る限りでは、遠域満潮は「遠心力」、近接満潮は「潮汐力」の作用によるものとされてきました。すなわち「遠心力説」及「潮汐力説」によって、満潮現象が説明されてきました。ここで私は、これに対して満潮現象における「公転運動説」述べさせていただきました。また私の知る限り「原因」不明とされてきた「スーパーローテーション」についても、「公転運動説」により解明し、「スーパーローテーション」が「公転風」であることを、解明してきました。以上により「まとめ」を終えて、いよいよ遠心力(真正遠心力)の分析・解明に進みます。