「慣性」及び「慣性力」・「慣性抗力」について

( 本 文 )

 

1 「遠心力」と「遠心類似力」の分析と考察に先立って

  さていよいよ「遠心力」と遠心類似力)についての分析と考察へと進みますがその前に「慣性」と「慣性力」についての分析と考察をぜひとも進めておく必要があります。それは「遠心力」また「遠心類似力」が「慣性」また「慣性力」と深く結びついているからです、

 ということで、まずは「慣性」と「慣性力」の分析から始めていきたいと思います。

 

2 「慣性」と「慣性力」との違い

  まず分析・考察するべきことは、「慣性」と「慣性力」との「異同」です。果たして「慣性」と「慣性力」とは「同じ」ものなのか、それとも互いに深く関連し合ってはいるが、互いに「異なる」ものなのか? この事についてまずは分析・考察を行ないます。     

 

  さてそれでは、ピサの斜塔から同時に落とした物体は何故「同時」に「着地」するか? 

  それは 物体の「質量」に応じて、「慣性」が大きくなるが、それと同時に、それと「比例」して、その物体に生じる「引力」もまた大きくなるからだ、と考えられます。

  仮に、その物体の「慣性」に応じて、またそれに「比例」して「引力」が大きくなるのでなければ、「質量」が大きく、したがって「慣性」の大きな物体ほどゆっくりと落下することとなります。

  この事より、質量の大きい物体も質量の小さな物体も、同じ「引力」の下で、「同じ」引力加速度で「落下」するのは、「引力」の下で、物体の「慣性」が無くなるのではなく、むしろ「引力」の下で、そして「自由落下」の下で、なおかつ「慣性」が存在するからだ、と考えられます。

 

   また周回する人工衛星内では、一般に「無重力」となっています。したがって、その人工衛星とその内部の「人」との間に「慣性力」は働いていません。「自由落下」状態のロケットにおいても、そのロケットとその内部の「人」(及び物)との間では、「慣性力」が働いていません。しかし、そうであっても、その人工衛星等の内部の「人」(及び物)は、「慣性」を失ってはいません。

 自由落下するロケットの中であっても、物体に同じ力を加えた時に、「質量」の大きい、したがって「慣性」の大きい物体ほどゆっくりと動き、質量・慣性の小さい物体ほど速く動きます。

 

 このように「引力」の下での「自由落下」・「無重力」の状態において、物体の「慣性」そのものはなお存在します。しかし人工衛星等とその内部の人・物との間では、「自由落下」の下で、「慣性力」は生じてはいません。

 このように「引力」の作用による自由落下の状態において、「慣性」は存在するが「慣性力」は存在しない、ということになります。

つまり、「慣性」と「慣性力」とは「異なる」ということになります。

 

3 「慣性」と「慣性力」との関係について

 すると、「慣性」と「慣性力」とは、まったく無関係なのでしょうか?

 そうではありません。慣性と慣性力との関係は、いわば「空気」を構成する「分子」とその「分子」の「集合体」である「空気」そのものとの関係に類似しています。

 「空気」そのものは、酸素・窒素等の分子からなります。ここでこの「空気」を構成する各分子を「空気分子」と総称することとします。

 すると、「空気」そのものは、これらの「空気分子」によって「構成」されてはいますが、この「空気分子」と「空気」そのものとは、互いにその「性質・性状」が異なっています。

 

 空気分子が1気圧の下で、1モル(6.03×10の23乗個の分子数)が集まれば、22.4 Lの体積という「量」を表わします。また「空気分子」には、その1個1個に「重さ」(質量)がありますから、その「空気分子」が1モル集まれば、一定量の「重さ」(質量)を、したがって一定量の「慣性量」を表わします, 

 しかしそうであっても、個々の「空気分子」と「空気」そのものとでは、その「性質・性状」が互いに「異なり」ます。

 具体的には、個々の「空気分子」には、「気圧」という慨念がありません。

 そもそも「空気分子」単体では、固体なのか、液体なのか、果たして気体なのか、その判別自体ができないからです。固体なのか、液体なのか、気体なのかという性伏は、少なくとも2分子以上の分子の「結合」の状態によるものだからです。

したがって、空気分子「単体」の「気圧」を慨念することはできません。

 

 このように、「同じ物体」であっても、その「単体」とその「集合体」とでは、全く異なる「性質・性状」を有し得ることが分かります。

 

 ここで考察の便宜のため、「慣性」の「最小量」というものを考えます。そしてこの「慣性の最小量」を、「慣性素量」と呼ぶこととします。

 すると、この「慣性素量」が、「空気」における「空気分子」に相当します。

 ここで一定の容器・空間に一定量の空気分子を注入すると、「気圧」が生じます。そして一定の条件では、この「気圧」が「累積」すると、「大気」のように一定の「気圧差」を生じ得ます。ちなみに大気はその高低差によって、気圧の「グラデーション」を形成します。

 「慣性力」もこれと同様です。「慣性素量」が「累積」し、その「累積」の結果、大気圧における「気圧」のように「グラデーション」を形成するとき、「慣性」は「慣性力」とへ転化します。

 このように「慣性」(慣性素量)は、単体的な事象であり、「慣性力」は集合的な事象と考えられます。

 

4 「慣性力」の身近な例について

 身近な例をとして、加速する電車の中を考えてみます。

 中に3人の人、A、B、Cが居るとし、それぞれが吊革を持っているとします。それぞれの人A、B、Cは「慣性」を持っていますから、加速する電車の中では、それぞれの手と吊革との間「慣性」に基づく「力」が生じます。

 今ここで、各人A、B、Cの「体重」が「同じ」だとすれば、との各人A、B、Cにかかるこの「力」も同じです。

 しかし、ここでBが吊革から手を離して、Aの吊革とは反対側の「手」を握ったとします。

 

 すると、これまでBと吊革との間に生じていた「慣性」に基づく「力」が、今度はAの手とBの手との間に生じます。

 するとA、Bともに「慣性」に基づく「力」は「同じ」にもかかわらず、Aと吊革との間には、A自身に生じた「慣性」に基づく「力」に、Bに生じた「慣牲」に基づく「力」が、「プラス」されます。

 

 そこで同様にして、Cが吊革から手を離してBの手を握ったとします。するとそのCに生じた「慣性」に基づく「力」は、Bの手とCの手との間に生じます。

 そして、このBとCとに生じた「力」は、Bの手を「通じて」、Aの手に伝わります。

 

 この結果、Aと吊革との間には、A自身に生じた「力」に、Bに生じた「力」及びCに生じた「力」が「プラス」されます。

 

 これをまとめると次のようになります。

 すなわち、加速する電車の中で、Aが吊革を握り、BがAの手を握り、CがBの手を握ったならば、A、B、Cの体重がしたがって「慣性」が「同じ」であったとしても、BC間、AB間、吊革とA間に生じる「力」はそれぞれ「同じ」では「なく」AB間に生じる「力」はB C間に生じる「力」の「2倍」であり、吊革とAとの間に生じる「力」は、BC間に生じる「力」の「3倍」である、ということになります。

 

 以上により、ここには「慣性力」における「力」の「序列」が生じていることが分かります。

 

5 「慣性」について

 それではここで、この「慣性」とはそもそも「何か」が問題となります。  

 ニュートンの第1法則である「慣性の法則」によれば、すべての物体は、外部から力を加えられない限り、静止している物体は静止を続け、運動している物体は「等速直線運動」を続ける、こととなります。これを逆に言えば、静止している物体を動かすのには「力」が必要だということになります。また運動している物体を静止させる場合にも、「力」が必要だということになります。

 すなわち、「静止」、「等速」、「加速」、「減速」のそれぞれの局面で、「慣性」が関わることとなります。

 以上、「慣性」とは端的に言えば、「外力」が加わらない限り、一定の運動状態を維持しようとする、物体の性状ということになります。

 ここで問題となるのは、それでは「何故」あるいは「どのようにして」このような物体の性状が生成するのか?ということです。

 つまりは、「慣性」の「本質」は何か?ということです。

 そこで次には「慣性」の「本質」について考察を進めたいと思います。

 

6 「慣性」とは何か?

 ここに「りんご」があるとします。

 そしてそのりんごを「投げる」とします。するとその「りんご」は放物線を描きながら飛んでいきます。ここでもし「引力」の影響が無ければ、この「りんご」は「直線上」を「等速」で「運動」していく事となります。

 この「りんご」の「等速直線運動」をもたらしたものは、この「りんご」に加えられた「外力」です。ここでこの「等速直線運動」をもたらした主因はこの「外力」であって「りんご」ではありません。無論、この「りんご」が無ければ、「りんご」の「飛翔」もありませんが、そうであっても、この「りんご」の「飛翔」の主因は「外力」であって「りんご」ではありません。ここでこの「りんご」自体は、「等速直線運動」の「客体」にしか過ぎません。

しごく当たり前のことですが、ここが重要なところです。

 

 物体である「りんご」を投げた時に、「外力」を要しました。 

 何故でしょうか?

 「りんご」は物体であり、物体は「慣性」を有するからです。したがって物体である「りんご」は、投げられようとする時に「慣性」を、すなわち運動に対する「抵抗」を生じます。

 この運動に対する、あるいは運動状態の「変化」に対する「抵抗」こそが、「慣性」と呼ばれるものです。

 

 ここで、物体である「りんご」は、投げる時には「力」を要し、「りんご」自体も「抵抗力」を発輝します。

 ここで考察の一つの「飛躍点」を迎えます。

 

 この物体である「りんご」に生じる「抵抗力」は、果たして物体である「りんご」それ自体から生じるのか?という疑問です。

 

 物体である「りんご」を「投げる」時、その「主因」は「外力」であって、「りんご自体」はその「客体」に過ぎませんでした。

 とすれば、この「りんご」の「抵抗力」自体も「外力」であり、この「りんご自体」は、単なる「客体」に過ぎないのではないか?という疑問が生じます。

 

 とすれば、物体である「りんご」に生じる「抵抗」・「慣性」は、物体である「りんご自体」から生じるものではなく、それとは別種の「外力」によるものではないか、ということになります。

 

 「りんご」さらには「物体一般」が有するとされる「慣性」すなわち運動変化への「抵抗」は、実は物体自体の性質・性状に基づくものではなく、物体に加えられる別種の「外力」であるとしたら、その「外力」とは一体何か?そしてその「外力」は「どこから」生じるのか?ということが次の疑問となります。

 

7 「慣性」の起源について

 具体的に考えてみます。摩擦抵抗が無く、良く滑る氷の上で物体を押してみます。すると、その摩擦抵抗が無いにもかかわらず、「質量」の大きな、したがって「慣性」の大きな物体はやはり動かしにくく、「質量」の小さな、したがって「慣性」の小さな物体は動かしやすいことが分かります。

 ここで、この「動かしにくさ」あるいは「動かし易さ」、すなわち「慣性」は物体自体の性質・性状ではなく、何らかの「外力」によるものでは無いか?という疑問が提示されました。

 しかし、この物体のまわりは下の氷を除けば、また「空気」を除けば、何もない「空間」があるだけです。ここでこの空気抵抗も0だと仮定します。そしてこの空気抵抗を0としても、やはり「質量」・「慣性」の大きな物体は「動かしにくく」、「質量」・「慣性」の小さな物体は「動かし易い」状態であることに変わりはありません。

 結局、この物体の回りにあるのは、氷や空気を除けば、ただの「空間」だけ、ということになります。

 とすれば、この物体に「慣性」を生じさせる「外力」は、この「空間」から生じるということになります。

 すると「慣性」は、「物体」の性質・性状ではなく、「空間」の性質・性状にこそある、ということになります。

 すなわち「慣性」の「起源」が、「物体」にあるのではなく、「空間」にこそある、と考えられます。ここに物の見方についての根本的な「飛躍点」があります。

 

8 「引力」と「慣性」について

 「慣性」の起源が「物体」自体にではなく、その回りの「空間」にこそある、という考えは、一見奇妙で「非合理」なものに見えます。

 しかしこれは.「慣性」が「物体」自体の性質・性状である、との考えに永らく親しんだ結果に他なりません。 

 これはニュートンの影響によるものと考えられます。

 

 しかしニュートンは他方、物体に対して「空間」が外力を与える事を容認しています。

 すなわち「引力」がそれです。

 「りんご」が木から落ちるのは、物体自体の性質・性状によるものではありません。物体に「引力」という空間的な「外力」が作用する事によって、「りんご」は木から落ちる、のです。

 ここにニュートンは「引力」という「空間的」な「外力」を認めています。

 とすれば、「慣性」もまた「空間的」な「外力」によるものだ、としても何ら奇妙でも不合理でもない、ということになるのではないでしょうか?

 とすれば、「何故」何もない「空間」から、こうした「外力」が生まれるかという問題が生じます。しかしこれについては別章の「空間論」あるいは「真空論」で考察を進めることとします。

 ここでは「慣性」の分析を、「慣性力」、「遠心力」また「遠心類似力」と関連する範囲に留めたいと思います。

 

9 「空気」と「真空」について

 昔、「空気」という慨念の無い時代には、「風」というのは不思議な現象でした。今、「空気」の存在を知った私達には、「風」は不思議な現象ではなく、「空気の動き」であることが、分かっています。そして一見「力」を持たないように見える「空気」が、「大気圧」という強烈な力を持っていることも知っています。またさらに、高速で移動する時には、その運動を妨げるように、強力な「空気抵抗」が生じることも知っています。

 そして私達は、この「空気」を除去すると「真空」になること、そして「宇宙空間」は基本的には「真空」であることを知っています。

 しかし、この「空気」を除去した後の、「真空」とは何かについての理解は始まったばかりです。「真空」とは何か? 本当に「何も無い」空間なのか? という問題が提起されています。

 これについては、様々な意見・学説があります。

 この中で私が有望と考える学説は「真空粒子論」です。いわく、「真空」とは何も無い空間ではなく、「真空粒子」に満たされた躍動の場である、との学説です。 

 私には、この学説を「基礎」とすれば、多くの物理現象が、容易にかつ合理的に解明できるように思われます。 

 この「真空粒子」論も今のところ「仮説」ではありますが、私自身はこの「仮説検証」の立場から、種々の「推論」を進めて行きたく思います。

 

 私は「真空」には、極々々微小の、しかし膨大な量の「真空粒子」が、極々々単時間に、絶えず対発生し、かつまた絶えず対消滅しているとの「仮説」の立場に立ちます。すなわち「真空粒子」の存在を「措定(そてい)」します。

 そしてこの「真空粒子論」を基礎として、「慣性論」、「引力論」、ひいては「質量論」を展開していきたいと思います。

 

 さて、本題に戻ることとして、この「真空粒子論」に立てば、そもそも「慣性」とは何か?ということになります。

 端的に言えば、物体の「慣性」とは、「真空粒子」の作用による「空間抵抗」である、ということになります。

 物体を動かそうとするとき、その物体に「動かしにくさ」すなわち「慣性」が生じるのは、「物体自体」の主体的な働きによるものでは無く、その物体を「媒介」として、「空間」が抵抗しているからだ、と考えます。この作用は、空気の「空気抵抗」と類似しています。こう考えると物体の「慣性」を、より合理的に把握できるものと考えます。

 

 蛇足ながら、「引力」についても同様なことが言えます。

 「帆船」が進むのは、「風」が、すなわち「空気」が「帆」を「押す」からです。

 とすれば、物体が「万有引力」によって動くのは、「空間」が、すなわち「真空粒子」が、「押す」からではないか、と考えられます。

 かくして「真空粒子論」の立場に立てば、「引力」も「慣性」も、その「本質」においては「同じ」もの、すなわち「真空粒子」に基づく「空間」の力、すなわち「空間的力」の作用であることとなります。 

 すなわち、「同じ」「空間的力」ではあるが、その「空間的力」が、「能動的」に作用する場合が、いわゆる「引力」であり、その「同じ」「空間的力」が「受動的」に作用する場合が「慣性」である、ということができます。

 これは「空気」の場合と類似しています。

 「空気」において、物を動かすという「能動的」な側面が「風」であり、物体の運動に対してその物体の運動を妨げるという「受動的」な側面が、「空気抵抗」となるわけです。

 ともあれ、「空気」と「真空」とでは、当然異なる点もあり、「風」と「引力」とでは、その作用や生成のメカニズムが異なっているのは当然です。

 

10 「基本的力」と「派生的力」について

 以上、「空間的力」には、「引力」と「慣性」があることが分かりました。

 ここで「引力」との「比較」の都合土、「引力」を「能動的」な力、「慣性」を「受動的」な力としましたが、厳密に言えば「慣性」にも「受動的」側面以外に、「能動的」な側面があるのです。すなわち「慣性」には「動かしにくさ」という「受動的」側面だけでは無く、いったん動き出した物体はそのまま「動かし続ける」という「能動的」側面もあるのです。    

 このように「慣性」の内容は多彩であり、この章では慣性のあらゆる内容を分析し尽くすことはできません。

 ここでは当面「慣性」の「受動的」側面に着目し、「慣性」を取りあえず「空間抵抗力」程度にとらえておきたいと思います。

 

 以上を前提とすると、空間には「引力」という「空間的力」と、「慣性」という同じく「空間的力」という二種の「空間的力」が存在することとします。

 他方「物体的力」としては、機械的な力として、「張力」、「圧力」などがあります。

 私はこの「空間的力」と「物体的力」とを、「基本的力」と考えています。ただし、ここ    

 では「電磁力」と原子核内に働く「核力」は考察の対象外としています。

 

11 「基本的力」と「基本的力」との組み合わせについて

 ここでこの「基本的力」と「基本的力」とを組み合わせてみます。

 具体的には、まず空間的力である「引力」と同じく「空間的力」である「慣性」とを組み合わせてみます。 すると前述のとおり、「引力」と「慣性」は在っても「慣性力」は存在しません。

 次に物体と物体とで「ひも」に力を加えてみます。するとその「ひも」に「張力」が生じます。そしてこの「ひも」に生じる「張力」の大きさは、その「ひも」のどの部分を取っても「同じ」です。ここに「慣性力」は生じていません。

 

 最後に、物体をひもで引っ張ってみます。すると、「空間」から力を、「抵抗力」を、すなわち「慣性」を感じます。しかし.これだけでは「慣性力」が生じているかどうかは分かりません。この「慣性力」を目に見える形にする必要があります。そこでこの物体と同じものを5・6個用意して「ばね」でつなぎます。そう上で、その先頭の物体を引張ります。すると、その先頭の物体に牽引されて、次々と物体が動いていきます。ここでこの各物体間における「ぱね」の「長さ」を比較してみます。すると、最初に物体的力が作用する先頭部分に近いほど、その「ばね」の「長さ」が「長い」、すなわちそこの「ばね」に働く力が「大きい」ことが分かります。すなわちこの複数の物体に生じる「力」には「序列」があるのです。すなわちここに作用する「力」には力の大きさの「勾配」があり「グラデーション」があるのです。この「力」の「序列」、この「力」のグラデーションこそ、「慣性力」の顕著な特徴を表わしています。

 

 それではどうして、このような力のグラデーションが生じるのでしょうか?

 それは「物体的力」が、物体の内部を通じて「順次」に伝搬していくのに比し、「慣性」という「空間的力」は、これらの物体全体に「同時」に、「直接」に作用していくからです。

 この結果、最初の物体から次の物体に伝わった「力」は、その第二の物体に生じた「空間的抵抗力」によって「減衰」します。そしてその減衰した力を、さらに第三の物体へ伝えはするのですが、その力も第三の物体に生じた「空間的抵抗力」によって、さらに減衰します。

このように、最初に加えられた力が、次々と「空間的力」に遭遇し、次々と減衰していきます。

 その結果、「力」に「序列」・「グラデーション」が生じることとなるのです。

 

 ここで、「空間的力」である「慣性」と物体的力との結合により、「慣性力」が生じたのですから、この「慣性力」というものは、「派生的」な力である、ということができます。

 

 今、「空間的力」として「慣性」を考えましたが、これは「引力」であっても同様な結果となります。

 「引力」と物体的力とが結合するとどうなるか?

 具体的には、「引力」と「鉛直抗力」とが結合するとどうなるか?

 するとここに「慣性力」たる「重力」が生じます。

 周知のように、「重力」もまた「序列」・「グラデーション」を有する力です。

 今、分銅の上に分銅を乗せます。そしてさらにその上に分銅を乗せます。すると「下」の分銅ほど大きな「重力」がかかります。これが「重力」における力の序列であり、力のグラデーションです。

 

 この下になる物体ほど大きな重力がかかる、逆に言えば上になる物体ほどそれにかかる重力が小さくなる、この一見当たり前の現象は、実は「空間的力」である「引力」と、「物体的力」である「鉛直抗力」の「結合」によるものであり、重力が「慣性力」であることを再証していると言えます。

 

12 「慣性抗力」について

 さて、これまで様々な角度から「慣性力」及びその基礎である「慣性」について分析・考察をしてきました。 

 しかし、これまでの考察では、「慣性力」に関連するある重要な現象については、あえて捨象してきました。

 この「重要な現象」とは、加速する物体が、加速される物体を加速する場合に、加速される物体から加速する側の物体に作用する、「慣性反作用」です。ここでは、この「慣性反作用」を「慣性力」と区別して「慣性抗力」と呼びたいと思います。

 

 これまでこの「慣性抗力」の考察を捨象してきたのには、理由があります。

 それはこれまでの「慣性力」についての分析の主目的が、「重力」の分析にあったからです。

 したがってこの「慣性力」の分析に関わる範囲に限定してきました。

 しかし、「慣性力」である「重力」を離れて「慣性力一般」を扱う場合にはそうもいきません。

 何故ならば、「慣性力」が重要な現象を派生するように、「慣性抗力」もまた重要な現象を派生していくからです。

 

 「重力」の分析においては、この「慣性抗力」はさして重要ではありませんでした。何故ならば、「引力」によって「加速」する物体を「地球」と見立てた場合、その「引力」によって「加速」される地上の物体は、相対的に極小であり、この極小の物体の地球への「反作用」の影響は、ほとんど問題にならないからです。

 むしろこのような細部にこだわると、かえって「重力」の分析の支障となるからです。

 ということで、「重力」を中心とした「慣性力」の分析においては、この慣性反作用の影響は除外してきましたが、いよいよ「慣性力一般」を取り扱うに際し、「慣性抗力」の分析もまた必要となってきましたので、この「慣性抗力」についても分析を進めて行きたく思います。

 

13 「慣性抗力」の作用について 

 まず、ここに「加速力」を与える物体があるとします。そしてこの物体を「加速体B」と呼ぶこととします。そしてこの「加速体B」の質量を1 kgとします。そしてこの「加速体B」が1ニュートンの力で加速していくとします。ここで1ニュートンの力とは1 kgの物体を1m/s2で加速する力です。したがってこの「加速体B」は、1 m/s2の加速度で加速していきます。

 ここでこの「加速体B」に、別の物体を連結することとします。そしてこの連結される物体を「被加速体Al」とします。そして「加速体B」と「被加速体A1」とを「連結部Cl」で連結するとします。そして、この「被加速体A1」の質量を1kgとし、「連結部C1」の質量は、考察の便宜上、0kgとします。

 

 ここで「加速体B」が、1ニュートンの力で加速しようとする時、その力は「連結部C l」

を通じて「被加速体Al」に伝えられ、「被加速体Al」を加速しようとします。すると「連結部C l」から供給された力は「被加速体Al」の「内部」に浸透する過程で、その「被加速体Al」の内部における各部分各部分で、その部分における「慣性素量」の影響を受けて、すなわち「空間的力」の影響を受けて「減衰」していきます。他方、これとは逆に「慣性力」そのものは、「加速体B」の方向へ、すなわち「連結部C1」の方向に向かって累積していき、最終的には、「連結部C l」との「接触点」において、そこに生じる「慣性力」が「被加速体Al」の「全」慣性力を代表するものとして現出し、「連結部C l」を通じて、「加速体B」への「抵抗」として作用します。

 この結果、今後は「加速体B」の加速度が減衰していきます。

 するとその結果、今度は「連結部C l」を通じて「被加速休Al」に供給される加速度が減少していきます。

 すると加速度が減少するのに応じて、「被加速体Al」に生じる「慣性力」も減少します。 

 この「慣性力」の減少とともに「被加速体Al」に生じる「抵抗力」も減少します。「連結部C l」を通じて、この減少した「抵抗力」が「加速体Al」に伝えられます。その結果、「加速体B」はさらに減速はしますが、その減速度は前よりも緩やかになっています。そして「加速体B」はその減速した加速度で、「連結部C l」を通じて「被加速体Al」を加速します。・・・こうした「相互作用」の反復の結果、「加速体B」の「加速度」と、「被加速体Al」の「加速度」は「平準化」され「一致」していきます。   

 

 この「加速度の平準化」は、「被加速体」がさらに多く連結され、連結部C2、C3、…で被加速体A2、A3、・・・が連結されていったとしても同様です。

 そしてこの場合被加速体Al、A2、A3、…問には慣性力の「力の序列」が生じます。連結部Cl、C2、C3、…に生じる「力」は「加速体」に近づくほど「大きく」、逆に「末端」に近いほど、その力は「小さい」のです。また各被加速体Al、A2、A3、・・・の「内部」においても「力のグラデーション」が生じています。それぞれの被加速体の「内部」においても、「加速体」と接点に近づくほど「慣性力」が大きく、末端に近づくほど慣性力が小さいのです。その結果、各被加速体の「内部」においても、力の濃淡・力の「グラデーション」が生じているのです。

 

 さて本論に戻ります。ここでは.「加速体B」の質量が1kgであり、「被加速体Al」の質量も1kgであったので、そこに生じる「加速度」は、0.5 m/s2で「平準化」し、「一致」します。

 このことの意味することは、「加速体B」は「被加速体Al」を「加速」したが、「加速体B」自体は「被加速体Al」によって「減速」させられ、結果両者の「加速度」は「同じ」加速度と成った、ということです。

 

14 「加速度」と「慣性力」との関係について

 「加速度」と「慣性抗力」との関係を具体的に見てみます。 

 ここでまず、質量1kgの「加速体B」、同じく質量1kgの「被加速体Al」及びBとAlとを連結する「連結部C1」の質量を0kgとします。さらに、「被加速体Al」の後ろにも質量0kgの「連結部C2」があるものとします。ただし、C2にはまだ何も牽引していないものとします。

 

 ここで「加速体B」が、1ニュートンの力で加速を始めたとします。

 すると前述のとおり、ここに生じる加速度は「平準化」されて、結局、B、A1ともに加速度0.5 m/s2で加速していくこととなります。

 ここで、「加速体B」に生じる力自体は1ニュートンですが、この「加速体B」によって質量1kgの「被加速体Al」が加速度0.5 m/s2で加速されるのですから、ここに生じる「慣性力」は0.5ニュートンとなります。

 しかしそうはいっても、この「被加速体Al」の「全体」に生じる「慣性力」が0.5ニュートンなのではありません。「被加速体Al」の「内部」において、その内部に生じた「慣性力」が「加速体B」の方向に向かって、すなわち「連結部C l」との「接触点」にむかって累積・増大し、その「接触点」において結晶した「慣性力」が、0.5ニュートンなのです。

したがって、「加速体B」と「被加速体Al」の双方によって引っぱられる為、「連結部C l」に生じる「張力」もまた0.5ニュートンとなります。

 他方、「慣性力」は末端に向かっては「減衰」・「減少」して行き、最終的には、「被加速体Al」の「末瑞」において.その「慣性力」は0ニュートンとなります。この結果、「連結部C2」に生じる「張力」もまた0ニュートンとなります。

 

 同様にして、この「被加速体Al」に、質量1kgの「被加速体A2」及び、質量0kgの「連結部C3」を連結するとし、「加速体B」が生じる「加速力」を1ニュートンとすると、「加速体B」、「被加速体Al」及び「被加速体A2」の加速度は、0.33 m/s2に「平準化」されます。

 そしてこの時、「被加速体A2」に生じる「慣性力」は、その「先端」において、0.33ニュートン、その「末端」において、0ニュートンなります。また「被加速体Al」の「先端」における「慣性力」は0.67ニュートンとなり、その「末端」における「慢性力」は0.33ニュートンとなります。

 

 その結果、「連結部C3」に生じる「張力」は0ニュートン、「連結部C2」に生じる「張力」は0.33ニュートン、「連結部C l」に生じる「張力」は、0.67ニュートンとなります。

 以下、「被加速体」を、A 3、A4、・・・と連結していっても同様な結果となります。

 

15 「慣性力」と「慣性抗力」との関係について 

 以上、「慣性」が、「加速度」を「平準化」するとともに、「慣性力」に「序列」が生じる状況が明らかとなりました。

 

 ここでもう一つ重要なことが分かりました。それは「加速体」はその「加速」によって、「被加速体」を加速するが、他方「加速体」自身は「減速」させられる、ということです。

 

 自動車を例に取るとし、自動車が発進・加速するとします。すると運転者はその背中を座席に押しつけられます。これは、「自動車」の発する「物体的力」と「慣性」の発する「空間的力」との問に、人が挟まれ圧迫される結果です。これがいわゆる「慣性力」です。

 しかし他方、この「慣性」という「空間的力」は、この「押された」人の「身体」を通じて、座席へと浸透し、さらに自動車本体へと浸透して、自動車自体を「減速」させているのです。これがいわゆる「慣性抗力」です。

 したがって、この「自動車」が「慣性抗力」によって「減速」すること自体も、結局は「慣性」という「空間的力」によるものです。したがって、「慣性力」と「慣性抗力」といっても、互いに「別物」ではなく、「慣性」という「空間的力」による作用の「メダル」の「裏・表」ということになります。

 すなわち、物体的力と「慣性」という「空間的力」とが「結合」し一つの力が生じる場合、その力が「被加速体」に作用する側面が「慣性力」となり、「加速体」に作用する側面が「慣性抗力」となります。

 

16 「加速度」と「速度」との関係について

 さてここでもう一つ重要なのは、「加速体」と「被加速体」とでは、その「加速度」は「平準化」し、「一致」するが、「同時刻」において、「速度」は「一致」「しない」ということです。

 具体的には、「被加速体」の有する「慣性」によって、「同時刻」においては、「加速体」の「速度」は、「被加速体」の「速度」に比し「やや速く」、逆に「同時刻」において、「被加速体」の「速度」は、「加速体」の「速度」に比し「やや遅い」のです。

 この「速度」の「差」により、「加速体」に比し「被加速体」は、やや「遅れ」ます。この「被加速体」の「遅れ」が、「加速体」への「抵抗」として作用するのです。

 この「被加速体」における「加速度伝搬の遅延」が「慣性力」を形成するということは、すでに「重力論」において述べたところです。

 

17 「慣性力」の分類について

 以上「慣性力」について分析してきました。その中で、「慣性力」には大別して「二種」の「慣性力」がありました。

 すなわちその一つは、私達が通常「慣性力」と呼ぶもので、物体が「加速」あるいは「減速」する時に生じます。

 一般的にはこの「加速・減速時」の「慣性力」を分析する際には「直線上」において分析します。したがってこの「加速・減速」に伴う「慣性力」を「直線上」慣性力と呼ぶこととします。

 他方、これとは異なるタイプの「慣性力」があります。

 すなわち「重力」がそれです。

 この「重力慣性力」は「慣性力」ではありますが、すでに「重力論」において分析したように「重力」は「一定の構造を持った慣性力」です。

 それでは以上二種類しか「慣性力」は無いのかと言えば、そうではありません。

 「慣性力」の世界は多彩です。

 「曲線上」に生じる「慣性力」もあるのです。

 その「曲線上慣性力」の「典型」が「等速円運動」における「慣性力」すなわち(真正)「遠心力」です。

 この「曲線上慣性力」の顕著な特徴は、「直線上慣性力」と異なり、「加速・減速」することなしに、すなわち「等速」状態でも「慣性力」が生じるのです。

 「遠心力」の節ではこの「遠心力」の「本質」が「慣性力」であることを解明していきます。

 

 また「遠心類似力」の節では、「慣性抗力」によって生じる重要な諸現象について解明していきます。

 

 以上を持ちまして、「慣性」、「慣性力」、「慣性抗力」についての分析を一旦終了し、遠心力」と「遠心類似力」の分析へと移ります。